Home > 経営者インタビュー > 三光ソフランホールディングス株式会社 代表取締役社長 高橋誠一
 English

経営者インタビュー
就活アワードは働きがいのある成長企業を表彰しています

それだったらうちにぴったりでしょう。新卒採用のイベントで学生と会う機会がありますが、その後に面接に来た学生には、よくこのように話をしています。
「これから新しく入ってくる社員の中から将来の経営者を育てようと思っていて、そういう人材を募集している。だから意識レベルの高い人じゃないとだめだ」って。
それに、「将来的に自分でグループ会社のどれかを経営する、あるいは経営企画室というところでグループ全体の経営に携わってもらうつもりだから、そういう働き方を望んでいる人に来てほしい。」と話しています。

 

氏名

高橋誠一 Seiichi Takahashi

出身地

埼玉県

私の好きなもの

1.車(20代から好きな車に乗りたいと思った)
2.スポーツカー(ポルシェ → マセラッティ)
3.果物(特にマンゴーが大好き)

子どもの頃の夢

1.金持ちになること(社長になる)
2.使っても使っても使いきれないお金持ちに。
3.好きな時に、好きな国に行って、その国で1~2ケ月生活して、その国の習慣を体験してくること。
4.世界中を見て回りたいと思った。

習慣にしていること

ダイヤリーと日程表
朝は、5時には起きる。 すぐにストレッチを20分くらいやる。 それから朝風呂に20分入り、食事をして会社に向かう。 週2日は、朝7時からガスト(レストラン)会議をやる。この参加者は、グループ会社の社長と役員6人である。各社報告をした後、何か問題点があがれば、質問をして、みんなで解決する。 ガストは24H営業なので、冬は暖房、夏は冷房が効いていて、快適である。朝食代1人400円くらいで、コーヒー飲み放題である。 朝7時~8時半の90分は誰にもジャマされず会議に集中できる。
ダイアリーと日程表を書くことで人生の成功者になるかならないかが決まる!

 
経営者インタビュー
新卒の採用は、グループ全体で行なっているのですか

各グループがそれぞれでやっていますが、全体では約100人程度を採用していると思います。 各社でやっている採用とは別に、私は本当に優秀な人材はホールディング会社で採用したいと思っています。その優秀な人をホールディングで勉強させて、その後にグループ各社の経営企画室に移動して頑張ってもらうつもりです。まさに幹部候補生です。その幹部候補生を各社に2人か3人くらい入れて、さらに幹部候補生の中でも秀でて優秀な人材は、新しくM&Aでグループに入れたりする会社や新規事業で、役員としてやらせたいと思っています。これからは、どんどん若い社員に仕事を任せていきたいですね。

経営者インタビュー
経営にまつわる苦労談にはどんなことがありますか

メイン事業は不動産になるので、バブルとかリーマンショックとか大きな困難を通ってきていますが、自分は危ないと感じたときに、すっと引いてしまうんですよ。だから、他の同業の会社はたくさん倒産したけれども、うちは大きな損害は出ませんでした。拡大破滅型って言っているんですが、事業を拡大すればするほど借金は大きくなるけど利益は出ます。けど、不動産の売値が下がっちゃったら、あっという間に利益が吹っ飛んで借金だけが残ってしまいます。これで多くの不動産会社が消えていきました。ですので、当社では課題として、いかに拡大破滅型の事業を少なくして安定した事業の割合を増やすかということに注力していきました。現在では売上の9割程度が安定した事業から上がるように改善されました。3年前にメインの事業会社(三光ソフランホールディングス)をMBOで上場廃止にしたのですが、今ではその当時の倍以上の売上を出せています。あと3年でさらに倍の売上にしようと考えています。
昔から自分は、「華麗なる一族になるぞ」って言っていて、キムタクが出たよりも、かなり前の映画を見て、ああなりたいって思ったんですよ。もともと、高校生の時から億万長者になるぞって思っていました。それをずっと目指して頑張ってきて、今があります。今まで苦労もたくさんあったんだろうけど、それを苦労したとは思っていませんね。

経営者インタビュー
会社のビジョン、ミッションについてお聞かせください。

会社の経営理念は10年くらいかけて作ったんです。
1つめは、「人々に明るく楽しい『住まい』と『住環境』を提供する」ということです。ここでいう人々は、うちの社員でもあるし、お客さんでもあるし、いろいろな人です。それらの人々に明るく楽しい住環境、住まいの環境を提供することを目指しています。
それから2つめは、「人々の夢と希望を創造する」ということです。社員もお客さんも夢と希望が持てるようにという思いからです。
3つめが「事業を通して社会に貢献する」ということです。これはしっかり利益を上げて、国に税金も払って社会貢献をするという意味も込められています。

私は松下幸之助の本は全部読んでいますが、松下幸之助は僕の師匠みたいなものです。直接会ったことはないんですが、松下の経営理念は全部頭に叩き込んで自分なりに考えたのがこれらの経営理念です。
しかし、たったこれだけのことなんですが、経営理念を考えるということは本当に難しい。だから決めるのに10年もかかってしまいました。こんな短い言葉なんですが、それを自分の言葉で作るというのはすごい大変で大切なことなんだなと今は感じています。

経営者インタビュー
今、就職活動をしている学生たちにアドバイスをお願いします

就職活動において、知名度のある会社や人気の会社を選ぶ学生が多いと思います。でも私は、大企業で働いていて、自分の夢は本当に叶うんですかって思うんです。中小企業やベンチャー企業の方が、自分の思ったことができるし、経営のトップにも意見を言うことなんかもできて面白いと思うんです。はっきり言えば、大企業なんかで働いても人生楽しくないよって思います。でも、自分のやりたいことをやるためには給料をたくさんくれるところじゃないとだめです。給料が安いと女性はおしゃれもできないし、良いところにも住めない。そのためにはお金が必要になるから、だから儲かっている会社には行かなきゃだめだと思います。そういう会社を見つけないとだめですね。そういう意味では、当社は理想的じゃないでしょうか(笑)。

弊社で採用しようと思っているのは、経営企画室の幹部候補生です。将来に独立してもかまいません。むしろどんどん独立しろと思っています。それで自分の好きなことをやりなさいと。やっぱり能力ある人は絶対独立したほうが良いと思います。でもそれまでは当社で頑張ってほしい。成功するためのノウハウはそれまでに十分教えてあげるつもりです。

小学、中学、高校

最後のガキ大将と言われた、ガキ大将。子分を10人くらいいつも引き連れて、川へ行ったり、山でヘビを取ったり、色んな遊びを考えて楽しんでいた。

大学時代

授業が休講になると仲間と近くの雀荘に行って、麻雀にふける。あまり勉強しなかったが、授業は真面目に受けていた。歴史小説が好きで、山岡荘八の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を何度も読んだ。その状況に応じた戦国武将の考え方や行動、決断が、今の経営に役立っている。

内定していた電機会社をやむなく断り、家業の米穀業に入る。米の販売に力を入れた。1店舗から43店舗にし、埼玉1番の米屋になった。

28歳(社会人7年生)

宅地建物取引主任者の試験を受けて資格を取り、30歳で不動産業をオープンした。

30歳(社会人10年生)

不動産業をスタートして、仲介から分譲住宅に事業を広げ、幾多の危機を乗り越える。「昭和56年の第2次石油ショック」「昭和61年~平成3年までのバブル」「平成18年のリーマンショック」等、幾つかの危機を間一髪で逃れてきた。みんなから、どうして分かったの?と聞かれても、分からなかった。何か変だと思って止めただけ。ただの感が当ったのだと思う。

40代前半

アパマンョップの前途を作り、プロパンガス、コインパーク、介護事業に進出し、今では、病院(240床)、クリニック3ヶ所、ナースステーション等、10数社を経営。今後は、中国に介護事業で進出し、マレーシアに分譲住宅、ミャンマーにアパマンショップを計画中。